- 2011.05.12
- 2011.05.12
日本指圧専門学校の同窓生の皆様こんにちは。
45期 宮下 雅俊です。
今回の東日本大震災(東北地方太平洋沖大震災)被災者の皆様には心よりお見舞い申し上げます。そして、今回の震災でお亡くなりになられた方には慎んで哀悼の意を捧げます。
私宮下と友人の52期卒業生の相田浩由さんの2名は先日4/9~4/11に世田谷ボランティア協会を通して福島県の福島県西白河郡西郷村に有る、国立那須甲子青少年自然の家という避難所へ2泊3日で指圧ボランティアをして参りました。その事を少しご紹介させていただきます。
3月11日の震災から一ヶ月以上が経ちました。大きな津波の映像を見るたび、そして破壊され瓦礫の山と化した東北沿岸部のまちまちの風景を見るたびに自然の猛威の前では人間はなす術が無く、また一行に収まる気配がない原発の動向をただただじっと見守るだけの自分に無力さを感じておりました。
そんな中、昨年の東京夢舞いマラソンでボランティア指圧を行ったWorld Smile Projectのメンバーより、今回のような事態で私たち指圧師も何か出来る事があるのではないでしょうか?という言葉を震災直後に連絡をいただきました。その時は、”まだ救援物資を何よりも必要としているでしょうから私たちの出番はもう少し後になるのではないでしょうか。”という会話になり、しばらく様子を見る事になりました。その後も何人もの同窓生の中から今回は何かボランティアをしないのですか?という話が来ましたので、そろそろ私たちも何が可能かを考えているだけでなく行動を起こす時に来ているなと感じ行動を始めました。
まずは4/4にボランティアの情報を得るため世田谷区役所に電話を入れました。そこから世田谷ボランティア協会を紹介されすぐに連絡いたしました。世田谷ボランティア協会の電話に出られた担当の方は、私が指圧師だと伝えるとちょうど避難所からの要請で看護士とマッサージ・整体師の派遣要請が来ているところですので、今日の晩の説明会に参加して欲しいという事でした。
さっそく世田谷区下馬の世田谷ボランティア協会にて災害時ボランティア派遣の事前説明会に参加しましたら、現地の被災状況、避難状況など先遣隊による生の声を聞かされました。特に福島は、地震の被害、津波の被害に加え福島第一原発の放射能問題の為に避難地域が拡大しており、強制避難地域の老人介護施設より避難された方がいる避難所では医療と介護の専門スタッフが足りず緊急に人的援助が必要になっているとの事でした。
派遣先が福島県という事もあり、正直躊躇しましたが本当に必要とされているところに行かないのなら何の為のボランティアだと意を決して参加する事にいたしました。
被災地では日々必要としている支援が刻々と変化するそうで、翌日より3泊4日で行ける方いらっしゃいませんか?という派遣要請でした。さすがに翌日からは時間をマネージしてませんでしたので、週末に仕事の調整をいたしまして4月9日(土)~4月11日(月)に派遣要請に対応できる体制を整え、世田谷ボランティア協会からの要請を待ってました。
前日の4月8日の夕方になり、明日から行ってくださいと正式に要請があり、52期の相田さんと二人で4/9東京発AM7:16の東北新幹線で那須塩原駅へ向かいました。那須塩原周辺でも民家の瓦は落ちてブルーシートがかぶせられ地震の傷跡がありました。那須塩原駅では国立那須甲子青少年自然の家の職員の方が迎えにきていただきき、そこから東北自動車道を使って45分程移動して現地入りいたしました。
指圧する際に携行したもの
(手拭い、血圧計など)
所長さんと挨拶をさせていただき施設を簡単に案内していただいたあと、すぐに指圧の準備をはじめて指圧ボランティアを開始いたしました。私たちが現地入りした当日から滋賀県医師会を通して派遣されてきたDrと看護士さんがいらっしゃり少しづつ支援が充実してきたそうです。
”せっかく福島まで2泊3日でボランティアに参加しましたのでより多くの人たちに貢献したいですね!”と相田さんと相談し、朝は4時から治療を開始し夜は施設の就寝時間の22時まで活動する事にしました。
被災者の多くの方が、福島第一原発から20キロの範囲の南相馬、浪江町、双葉町など放射能の危険地域から避難されてきた方々でした。また、小さな子供や、赤ん坊のミルクを作る水を確保するのに避難されてきた若い夫婦の家族もいらっしゃいました。
被災地の方々の中には、家族や親戚をなくされた方、友人を亡くされた方、目の前で自分の家が流され車を流された方、自宅は無事でも放射能で自宅に戻れない方、多くの人や物を失った悲しみと、大きな余震が続く事からくる不安や恐れ、終息が見えない原発への健康面での不安や復興が見えない事への不安、先の見えない慣れない避難施設での生活など大きな心的ストレスを抱えていらっしゃいました。
また、避難先を転々としたり、灯油の供給がままならない為暖房が使えず寒さを長い間我慢されていたり、固く冷たい体育館で毛布1枚で過ごした方など、体も疲労と緊張でいっぱいでした。中には、大津波の夢で毎晩うなされて良く眠れないなど睡眠障害が出ている方も少なく有りませんでした。
私たちは指圧を通して、被災者の方々に貢献できることを実感して参りました。それと共に復興には長い時間がかかり継続した支援が必要だということも感じてきました。いろいろな形で支援して行くのは可能でしょうし、いろいろな手段や方法があります。
私が今回参加いたしました、世田谷ボランティア協会の理事長さんからは多くの専門職のボランティア登録をしていただけると助かります。とのことでしたので興味がある方は下記にリンク先から登録して下さい。
世田谷ボランティア協会
http://www.otagaisama.or.jp/
また、今回このような事態ですので日本指圧協会も会員以外の方の日赤指圧奉仕団としての活動の間口を広げ、日本指圧専門学校同窓生の参加を呼びかけているようです。そして、日本指圧専門学校石塚校長も学校として同窓生と協力して支援をして行きたいとのお話をいただきましたので、昨年から東京夢舞いマラソンでボランティア指圧を行ったWorld Smile Projectの活動分野を拡大して指圧ボランティアチームとして活動して行きますので、ご興味のある方は下記メールください。
45期 宮下雅俊 info@tenohira-shiatsu.com
【ボランティア活動の心得】
自己負担・自己責任
災害ボランティア活動では、衣食住の全てにおいて現地に負担をかけない事が大原則です。
活動拠点での、宿泊、水、食料は持参