- 2010.03.23
- 2010.03.23
日本二分脊椎研究会
2009年7月東京での第26回日本二分脊椎研究会(会長:山高篤行・順天堂大学医学部小児外科教授)では、会長のご英断によりまして、「洗腸6年のあと排便の自立を得た一例」を発表させていただきました。
私は、浪越徳治郎先生(1905-2000)が創立された日本指圧専門学校を、1976年に卒業以来ずっと、肩凝りや腰痛もちの方々の健康保持に指圧を提供してまいりました。ある出逢いがございまして、二分脊椎症の中学生T君に、ナンバ式骨体操と指圧を導入しましたら、歩行や姿勢が改善したのみならず、排便障害が改善しました。頑固な便秘に1日4リットルの洗腸(2リットルずつを2回)を週2回行なってもらっていたのが、今やトイレで自力排便できるようになったのです。
母親の喜びは大きく、「今まで転倒事故予防にかぶっていたヘッドギアは不要である」という診断書を書いてもらいに行った病院の脳神経外科医に問われるままに、体操と指圧の効果を述べているうちに、この成果をぜひ公表したいと熱望するに至ったのでした。その背景には、第一子で未熟児であったこのT君の頻回の手術や入院、遠隔地の親の介護や第二子の出産に伴うT君の療育入所など苦労の多かった日々を経て、やっと子育ても一息つく余裕が出たからでしょうか。
病歴
腰部脊髄髄膜瘤と水頭症は手術しましたが、キアリー奇形や脊髄空洞症もありました。関東在住の方ですが、2歳以後は東北大学・拓桃医療センターでの治療を希望されました。あらゆる医療行為が持参の「二分脊椎療育手帳」にすべて記録されていたのには驚きました。3歳で水腎症と膀胱尿管逆流症の手術をし、日中は間歇導尿、夜間は持続導尿で管理しています。便秘には緩下剤の内服や摘便や浣腸も行っていましたが、入寮した7歳の時の検査で、宿便傾向で、96時間経っても、まだまだ大腸内に大量の硬便が存在する形だったので、小学2年生から中学1年生までは、週2回の洗腸を行っていたのでした。3歳半から歩き出しましたが、内反足であり、尖足歩行です。下肢は痙性が強く、膝の可動制限があります。リハビリも中学生になってからは途切れ、自己流に歩いていたそうです。
T君との取り組み
2007年、体幹を左右に激しく揺らしながら、不安定に歩を運ぶ少年が、私の治療院の前を下校して行くのを観察している自分に気付きました。動きの悪い右足をかばって、疲労のため左足がより悪いように見えます。いつしか「私の指圧で、疲労を取り、歩き方を良くすることが出来る」と確信するようになっていました。その後、たまたまスタッフが指圧をしていた女性が少年の母親であることが分かり、T君に、「学校の帰りに寄ってみませんか」と声をかけることになったのでした。指圧前の腹部は、動きもなく平坦な板のようでしたが、数回の指圧で数個の塊りを触知しだしました。肢の動きを反映する鼠径靭帯の凝りもほぐせそうです。この手応えに、歩行改善を目的にスタートします。期限はなく、すべては私の自主的なボランティア行為でしたが、ある副産物のゆえに、結果として10ヶ月の取り組みとなりました。
T君が中学1年生であった2007年9月7日から翌年7月31日までに、3種のプログラムが導入されました。内容と行った回数は、
- 137回の基本指圧(ナンバ武骨体操と状況に応じた指圧の組み合わせ週3-4回、1回30分前後)
- 22回の全身指圧(全身660の指圧点をおす60-80分隔週1回)
- 8回のナンバ武骨体操(60分を越える個人レッスン、桐朋学園大学教授・矢野龍彦先生、同講師・長谷川智先生による)
この間の患者の体温や汗、尿量や皮膚の状態など全身状態を毎日記録し、歩行状態については7回のビデオ撮影を行ないました。内反足で、膝が曲がり、尖足歩行だったのが、しばらくして、膝と足関節の柔軟性が増し、踵を床につけ出します。4か月もすると、大腿四頭筋も肥大し、重心も安定してきました。9ヶ月目には、姿勢がよくなり、膝が伸び、足底全体を着けて歩いています。プログラム終了から1年後の第26回日本二分脊椎学会会場は、家族とともにT君も参加できたので、自在に動き回る愛嬌のある彼の成長振りに目を細めた医療関係者も多かったようです。母親は「よく育てたね」と、昔を知る担当医たちに褒められたそうです。
腹部を指圧する村岡先生
セレンディピティー
「思いがけない副産物」として、排便の形が変わりました。洗腸は最初の3ヶ月は、今まで通り週2同行っていました。ところが、洗腸のあとに、左腹部の下行結腸が頼りなく弛緩する感触になったので、4ヶ月目の2008年1月から、洗腸の回数や使用水量を、それぞれ半分に減らしてみました。しかも、腸内容を全部洗い流すのではなく、少量は残存させました。すると、1月19日に硬便1個が出た後、10個摘便できたのです!おなかが動き出したのですね。それからの1ヶ月、毎日、硬便が1個から数個出て、あとは摘便することが続きました。そこで、3月一杯で週1回の洗腸を中止しました。すると、4月4日のあと、2週間便秘したので、4月20日には洗腸を1回しています。しかしながら、その後は、「後戻りさせないぞ」と、お腹が張っても我慢させていましたら、15日目にやっと有形便が出ました。この時を契機に、洗腸をする必要がなくなりました。その後は、「長い形の便も出せる、便意を感じる、腹圧もかけられる」と変化し、トイレでの自立排便になったのです。振り返ると、握り拳大の便が出て、水洗トイレが詰まったことも二度ありました。便が普通の形や柔らかさをとるようになってから、はっきり便意を感じ、腹圧をかけることが上手になっていました。母子の話題と喜びが増してきました。もちろん、私も。そして、T君の自己管理意識が高まり、普通にトイレで1~2日毎排便できるようになったのを確かめて、ひとまずナンバ武骨体操も指圧も終了しました。
腸の動き、蠕動は自律神経の働きです。この面での指圧効果について、浪越指圧の最大の特長は、前頸部と腹部の指圧にあります。初めてT君を指圧した時、前頸部はコリが深くかなり圧しにくい状態でしたが、回を重ねるほどに圧し易く緩んだ状態になりました。前頸部(気管のすぐ外側)の圧点の中には、迷走神経が通っています。そこが緩み循環がよくなることも、内臓の機能アップにつながったのでしょう。
潜在能力の発掘
便意があるとか、腹圧をかけられるという能力は、幼児期や洗腸していた時代には不要だったでしょうが、長じて、この意識的な行為が可能になった背景には、習慣や社会生活の中でマスクされていた「潜在能力」を、体操や指圧には、ゆっくり引き出す効能があると思っています。そのためには
- 家族や治療者の熱意と技術に、互いのチームワーク
- 患者の意欲や喜びを引き出し、苦痛を伴わなかったこと
- 経済性無視の気の長い無償の行為 が必要でした。
最初は、自分の技術で良くしたいという思いつきからでしたが、T君を指圧させていただきながら、迷い、戸惑い、励まされ、たくさんの勉強をさせていただきました。発表の機会をいただきましたことに深く感謝しながら、今後も精進したいと考えています。
村岡曜子治療院院長
NPO法人基本指圧研究会代表理事
村岡 曜子
日本二分脊椎症・水頭症研究振興財団発行 Brain and Spinal Cord Vol 16-5,6 より転載