連載
浪越徳治郎先生の指圧(19)
徳治郎先生は、情動に働きかける業を施術開始からではなく、患者の視界に入った瞬間から行われていました。さらに、徳治郎先生の普段の動作速度と治療室内での動作速度とでは、双方に明確な相違がありました。
治療室内での徳治郎先生の動作速度は、入室され患者さんの位置を確認された瞬間から普段の動作速度より速くなり、患者さんの数歩手前で明らかに遅くなり、座して接近される速度はさらに緩やかになるというリズムがありました。また、「目は口ほどに物を言う」と表現されるほど視線の動きは情動と関わります。徳治郎先生の視線操作は患者さんの情動を高ぶらせることを見事に回避されていました。
個人差もありますが、人は一定時間(6秒前後)以上直視されると相手に対する情動が高ぶります。特別な親愛感を抱く相手の視線でない限り不快に感じ、その不快感は怒りや恐怖に転じます。この時、怒りか恐怖かのどちらに転じるかは両者の力関係が大きく影響しますが、心身は相手に対し臨戦態勢を取ります。しかし、相手に対する言動は理性脳が担う思考や情操で抑制されてしまうのが通常です。情動と情操の摩擦は交感神経を優位とし、さらなる正のフィードバックを引き起こし、「心性防衛」や僅かな刺激にも過剰に反応する「筋性防衛」を激しくします。これらの認識に欠けた加圧操作に対し、徳治郎先生は「それでは内臓は押せない」と指導されていました。
平成15年7月18日、NPO日本指圧協会主催第41回指圧治療夏期大学において、『運動機能障害とディファンス』と題して2時間半の講義を務めました。この中での身体操作と視線操作の実技を概説します。
患者役と治療家役で二人一組となり、患者役は仰臥位、治療家役は患者役の足元に直立します。
【患者役】
治療家役の動作が監視できるように枕を使用した仰臥位をとり、肩幅程度に開脚する。 治療家役の視線を意識し、治療家役の視線から目を離さない。
【治療家役】
患者役の足元から30cm程度離れた位置に、正中線を合わせた自然な立位姿勢をとる。〔自然な立位姿勢とは、日本人の平均的な立位姿勢(写真参照)を意味します〕患者役と視線を合わせたままにこやかに挨拶をし、顎を水平位置まで上げ、半歩前進する。
治療家役の動作は、事前に全員に説明していたにも拘らず、恐怖で鳥肌が立つ人や耐えきれず飛び起きる人が続出しました。