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浪越徳治郎先生の指圧(7)  

2010/10/12 22期 平島利文 4期 石原博司先生監修

「徳治郎先生の指圧」が幻の業となった外部の理由に、法制化の準備段階において、「徳治郎先生の指圧」があん摩やマッサージとは異なる第三の手技であると国に認められたことが挙げられます。その経緯について概説します。

戦後、医療の近代化を目指した国は、医療の法制化において、それまで許可または黙認してきたあん摩やマッサージに代表される手技療法や古くから伝承された民間療法等のすべての療術を禁止し、医師以外の者が医業やそれに類似した行為を行うことを認めない方針を打ち出しました。しかし、社会的事情により、あん摩業を排除することができなくなりました。そこで、従来の師匠に弟子入りして取得する鑑札制度を改め、認定した学校を卒業しその後の試験に合格し、免許を取得した者のみが業を行うことを条件にあん摩を認めました。また追従した事情により、マッサージは、あん摩との資格の統合(あん摩・マッサージ師免許)を条件に認められました。

一旦は、国の一方的な方針で全面禁止に追い込まれた療術でしたが、あん摩とマッサージが認可されたことで、復活の兆しが見えてきました。国は法制化に逆行する流れを止めるために、あん摩とマッサージ以外の療術に対しては、『まず、医師以外の者が行っても有効であることを、国が定めた機関で期限内に証明せよ』という条件を課しました。当時、法制化のために届け出た三百種以上といわれた療術は、この条件を満たせず、あん摩かマッサージに統合あるいは法制化を辞退または期限切れに伴い却下され消えていきました。

この段階で、国が提示した条件をすべて満たした手技は「徳治郎先生の指圧」のみでした。さらに、国は「徳治郎先生の指圧」の基本手技があん摩やマッサージの基本手技とは異なることも認め、名称を法文用語で『指圧』と定めました。もし国が「徳治郎先生の指圧」を圧迫法の一種である“母指圧迫法”と認定していたら、「徳治郎先生の指圧」は、あん摩に統合され『指圧』という法文用語は存在しなかったでしょう。しかし、このことが結果としてあん摩・マッサージ・指圧の資格の統合を生み、次章で概説しますが、「徳治郎先生の指圧」の普及を阻害しました。もし国が「徳治郎先生の指圧」を“あん摩”と認定していたら、「徳治郎先生の指圧」は、あん摩の一流派としてですが天下に広まっていたかもしれません。

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