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行事のご報告

平成26年度 通常総会記念講演 河野貴美子先生 「身体の健康、心の健康」 ―脳の科学から考える―

2014/12/8

日時 平成26年6月8日(日)
会場 リーガロイヤルホテル2階

(司会)
時刻のほう定刻を迎えましたので、これより第2部、記念講演を始めさせていただきます。 まず初めに、本日の記念講演、河野貴美子先生の御略歴を御紹介させていただきます。 河野貴美子先生、工学博士をされております。立教大学理学部物理学科を御卒業されて、現在、NPO法人国際総合研究機構副理事長をされております。 それでは、河野先生、どうぞよろしくお願いいたします。

(河野貴美子氏)
御紹介どうもありがとうございました。また、本日は、このような立派な会にお招きいただきまして本当にありがとうございます。

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最近、脳がかなり注目を浴びておりますので、「身体の健康・心の健康-脳の科学から考える-」という、このようなタイトルをつけさせていただきました。今、御紹介いただきましたように私、もとは物理屋でしたが、その後、日本医科大学の生理学教室に入りまして、最初は神経とか筋など、細胞の細かいところを扱っていました。その後、教授が代わりまして、右脳、左脳といった研究をしていた品川嘉也先生・・御存じかどうか・・になり、そのときに脳波計が手に入ったんですね。もう20年以上前ですから、まだまだ脳波計って高い時代でして、いろいろ分析機器まで全部取りそろえると二、三千万円するような機械でした。臨床の方にはもちろん脳波計はありましたから、臨床の先生方は使っていたわけですけれども、研究室(生理学教室というのは基礎の研究室です)、そこに脳波計が入ったということでいろいろな方を測るのを頼まれるようになりました。いろいろなということは要するに変な人も含まれる、変というのも何ですが、臨床の場ではできないような、催眠であったり、ちょうどそのころ気功がはやり始めておりましたので、気功とか、さらに超能力、他には能力開発ですね。さまざまな能力開発を含めて、いろいろな方々の脳波を測ることになりました。

それ以前は、もっと細かい細胞の生理をやっていたので、脳波なんか測って何がわかるんだろうというような思いもありながら測っていたんですけれども、続けるうちに相当な人数になりました。そんな中から、わかってきたこと、そしてさらに脳って何だろうと脳について考えてきたことをここでお話ししながら、皆さんのお役に立つような内容があればと思います。後から質問の時間もなるべくならとりたいと思いますので、それぞれが実際にやっていらっしゃる指圧とか、・・鍼灸もあるかもしれませんね・・、いろいろなことで考えていらっしゃることがあったら、むしろ私のほうが教えていただきたいなと思っております。

さて「脳を考える」、ここにいらっしゃる皆さんはかなりもうおわかりかと思いますが、一般に脳というと、いろいろ聞かれること、あるいはマスコミなどで言われていることの中に‘脳神話’的なものがあります。例えば「3歳過ぎたらもう手遅れなんじゃない? 脳は3歳までが勝負だよ」っていうこともよく言われます。また、「20歳過ぎたら脳細胞は1日10万個ぐらいずつ死んでいくんだから、もうしょうがないよ」、・・ここにいらっしゃる方も恐らく相当過ぎているんだろうと思いますけれど、・・そうすると1日10万個ずつで、いまや相当数失っていることになると思いますが・・、そういうことをよく言われます。それから、脳って全体の数%、・・人によっては1%だという人もいますけれども・・しか使っていないんだから、あと残りを使わないともったいないじゃないか、もっと使えば頭がよくなる、これは非常によく言われますね。もっと脳をたくさん使え、と。本当なんでしょうか。

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それから、今日は脳波をある程度中心に少しお話ししたいんですけれども、脳波をやっていますというと、現在人って左脳しか使ってないんじゃないの、脳波ってちゃんと右も出るの?なんていうことを言われたりします。本当に現代人、左脳しか使ってないんでしょうか。

また、脳波はアルファ波っていうのが有名、アルファ波っていう言葉は御存じだと思いますけれども、脳波というと、すぐアルファ波と出てきます。大体が、アルファ波はいい脳波だから、たくさん出るほうがいい、出れば出るほど理想的なような言い方がされています。いろいろなチラシやパンフレットなどには、この気功法なり、このリラクゼーション法をやるとアルファ波がたくさん出る、だから、これを習いなさいというように書かれています。

それに対してベータ波というがあるんですが、大体アルファ波がいい脳波になっている場合には、ベータ波って悪者になっています。ベータ波は出ないほうがいい脳波というような書き方がされていたりします。

これらの答えがイエスかノーか、今ここで出すわけではなく、皆さんでこれから考えていっていただきたいんです。こんなようなことを頭に置いて、聞いていただきたいと思います。

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きょうのテーマの「身体の健康、心の健康」を、まず生理学的に、ストレスやリラックスから考えてみたいと思います。ストレスをリラックスに導くリラクゼーション法がメインになりますが。

私が生理学教室に入った頃、教授が学生への講義で「生理学的な調節機構というのは2種類あるんだよ」と、言っていました。2つというのは、すなわちこのような、物理的な調節機構と化学的な調節機構です。おわかりになりますか、何のことか。物理的っていうことは電気的な調節、化学的な調節っていうことは要するに液性の調節のことです。それぞれ何でしょうか。

電気的ということは神経での調節です。電気が情報の担い手となって神経の中を通っていきます。情報を伝えている媒体は、電気といってもコンピューターや電線を流れている電子ではなくて、ナトリウムイオン、カリウムイオンのようなイオンによる電気です。それが情報の担い手になっております。

それに対して液性の調節というのは、要するに内分泌系ですよね、ホルモン系。この両調節機構で人間の身体っていろいろ調節されているわけです。もちろんそれぞれが分離してではなく、神経系といいましても、神経から神経へのつなぎ目のシナプスの部分では、こういう神経伝達物質が出ているわけですし、電気的調節といっても、電子ではなくイオンだと言いましたが、液体の中のイオンですから、それぞれが相まって調節されているわけです。

今日のお話は、脳波ですから脳の神経系、こちらの話が中心になります。ストレスとかリラックスという話の中では、いろいろなホルモン系、アドレナリンが出たとかセロトニンがどうのとかという話が、最近は相当、注目をされておりますけれども、そちらよりは神経系のお話を中心にしたいと思います。

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こんなことはここの皆さんはもう御存じだと思いますけれど、一応、神経系の全体像を出しておきます。神経は大きく分けて中枢神経と末梢神経、・・今日のレジュメにも一応載せておきました・・このレジュメに沿ってやるかどうかはちょっとわからないんですが、資料としてあれこれ載せておきましたので、ごらんになりながら聞いていただければと思いますが・・、もう御存じのように中枢と末梢ですね。末梢というのは要するに、こちらの中枢系に神経の細胞体があって、そこから延びた軸索の束の部分ですよね、同じ神経であっても軸索の束になってずっと外へ出ている部分が末梢です。わざわざこんなのを上げましたのは、リラックスやストレスの話ですぐに出てくるのがこの交感神経、副交感神経、ストレスの交感神経、リラックスの副交感神経と言われています。

そしてまた、私が脳波をやっているというと、リラックスはアルファ波だよねっていうのもよく言われます。両方を考えている方の中に短絡的に、アルファ波がたくさん出ているから副交感優位だ、のような言い方をされることがよくあるんですけれど、これを見ていただければわかるように全く違う、もちろん自律神経系の中枢はこのあたり(間脳から中脳にかけてのあたり)にあるわけですから脳と関連はあるんですけれども、いろいろな話を聞いているとこういう違うものを短絡的に結びつけていることがよくあります。こちら側は末梢神経で脊髄から出た束ですし、こちら側は脳(終脳っていうのは大脳のことです、・・このあたりの話が今回はメイン・・脳波というのは大脳新皮質の表面の電気現象を拾っているものですから、この中のほうよりはむしろ今回は外側の話になります)、こういう神経細胞の集まりの場所と繊維の束の場所とはちょっと違いますよということで、わざわざこんなものを出しました。

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最近、脳の科学がすごく発達したと思われている一つに、やはりきれいな脳画像が表示されるようになったことがあります。テレビなどでも本当にきれいな画像がぱっぱと出てきます。こういうMRIの画像、それからPETの画像、同じMRIでもファンクショナルMRIでみた画像。みんな、いろいろなきれいな赤や青や色づけがされて出てくるので、脳の科学はものすごく進歩したように一般の方には思われています。でも、私よく言うんですけれども、絵がきれいになったということは要するにコンピューターが発達したんですよ、と。コンピューターは容量も増え、処理速度も速くなったので、いろいろ細部まで細かく示せるようになったけど、だから脳の科学がそれだけ発達したわけじゃなくって、脳でわかっていることってそんなに変わらないかも、なんていうことをよく言うことがあります。脳の画像は本当にきれいになったので、それで脳の科学に貢献していることは確かです。

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では、それらを全体まとめますと、要するに外側から中がどうなっているか、脳をあけてしまうわけにいきませんから、外側からのぞく方法ですね、ここに示したように、まずCTやMRI、そして脳波とか、それからPETのような画像、本当にいろいろな方法が開発されてきました。今、ここで左と右に分けて示したんですけども、これ、分けた意味がわかりますか、左側と右側、何が違うか。見ているものが違うんですね。先ほどお見せした白黒の・・こういうMRIの画像でしたけれど・・、もそうですが、こちら側、エックス線CTとかMRIで見られるのは要するに脳の構造が見えるものですよね。

それに対してこの右は何かというと、ここに同じMRIでもfがついていますけど、ファンクショナルMRIといった場合とただのMRI、ファンクショナルということは機能です。脳の機能、暗算をしているときにどこを使っているか、リラクゼーション法で、普通の安静のときと何が違うか、どこの脳を多く使っているか、そういうことまでコンピューターの解析でかなりわかるようになってきたわけです。要するに、何々をしていたらどこが働いているなど、働きがわかる画像。こちら側は構造ですから、ここにがんがあるとか、ここの血管がちょっとおかしいとか、そういう構造を見るのはこちらです(エコーはほとんど脳では使いませんが)。そのような違いがあって、脳を外側から見る方法はいろいろ工夫がなされてきました。

同じこの右側でも上の二つの後を少しあけているのも、これまたちょっと意味があるんですが、上と下と何が違うか、わかりますか。上側は脳波と脳磁図。脳の中の脳神経細胞は電気で働いていると言いましたが、その電気を直接見ているのがこちらです。下側は皆、血流を見ています。脳の働いている部分には血液がたくさん流れるだろうとか、酸素化ヘモグロビンが多く供給されるであろうとか、そういうことをもとに、こちら側は血流を見ることで働いている場所を計算して表示しようという方法です。上側は電気活動をみますから速いし、直接的です。下側は、血流ですから時間的には今考えていることよりちょっと遅れることにはなりますけれども、脳の奥の方も見ることができるんですが、電気活動は脳のごく表面の情報が主になってしまいます。

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そのような違いがありますが、他にもリラクゼーションなどを見ようというときにはもちろん脳波だけではなくて心電図、筋電図、皮膚電気活動、いろいろな電気現象、・・人間の身体は、脳だけではなくて筋肉も心臓も全て電気的、つまり細胞は全て内と外の間に電位差がありますので、そういうことを利用していろいろ測ります。また電気的なものだけではなくて脈拍とか血圧とか呼吸とか体温、さまざまな生理指標も参考にすることになります。

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実際の脳波の実験をちょっとお見せしますと、これは私が若いのでわかると思いますけれども、20年以上前の写真です。日本医大の研究室です。これが脳波計で、脳波計はここにざあっと紙が動いていって脳波をここに描き出します。付けた電極の数だけここに描かれますけれども、こちらにちょっと見えているのがデータレコーダーで、この全てのデータを電気的にも(VHSビデオテープを使っていました)、ここに保存していきます。そして、これがシグナル・プロセッサ、要するに信号処理用のコンピューターですけれども、得られた電気現象をいろいろ解析するものです。こういう大きな装置だったんですね。

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これですと実験は結構大変なんですけれども、現在、どうなっているかというと、実はこれ脳波計なんです。先ほど大きなデータレコーダーの中にデータを保存しますと言いましたが、保存はもちろんノートパソコンの中のハードディスクに全部保存できます。そして解析は、あの大きなシグナル・プロセッサ以上のことがこのノートパソコンでできてしまいます。ですから、これだけで脳波を同じような、同じどころか、あのときより性能がいいぐらいの、しかもあのころは白黒でしたけれども、カラーでできてしまうんですね。もちろんノイズなどの問題はありますけれども、そういうのもうまくカットしてくれるフィルター回路ができております。これだけですから私はバッグにこれらを入れて、どこへでも行くことができます。高校で気功を習っている子たちを測ってみたり、気功教室で測ったり、あるいはお年寄りの施設で、これは脳のトレーニングですね、そろばんが脳にいいと言われているので、そういうときの脳波を測ったり、どこにでも出向いていけるようになりました。こういうのも脳の科学が発達したというよりもコンピューターが発達したということですよね。

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さて、脳波を簡単にご説明します。これが安静で目を閉じたときの脳波の形ですが、こちらが頭を真上から見たところで左の耳、右の耳、こちらが鼻なんですけれども、これだけの数の電極をつけ、その数だけ、こういう脳波が描かれます。下が頭の後ろで、そのあたりに大きな振幅の、1秒間に10回ぐらいの振動のきれいな波が見られます。これがアルファ波と言われる波なんですね。間に見られるもっと細かいのはベータ波、他にもデルタ、シータなど周波数によって分けられます。そこで、コンピューターで10ヘルツ前後の、アルファ帯域の波だけを取り出してマップ化しますと、このようにアルファ波が頭の後ろのほうに大きく出ていて、前のほうは少ないということが一目でわかるマップをつくることができます。

これは目を閉じているときの脳波なんですけれども、アルファ波というのは先ほど言いましたようにリラックスの脳波ということになっています。リラックスすれば出ると。ですからテレビでも、とにかく何々をやったらアルファ波が増える、それを証明してほしいということで取材に来るわけですね。この気功法をやっていたら出る、気功をやってない人は出ない、そういうシナリオが先にできていて、来るんですね。そういうものじゃないんですよと言ってもなかなかわかってもらえないんです。

そこで、こんな話を聞いていて、もう皆さん大分お疲れでしょうから、ちょっとリラックスしていただきましょうか。

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『景色や花の写真』(提示省略)

この写真を見てリラックスできるかはどうかはともかくとして、どこかこういういい場所に行ったつもりになってちょっとリラックスしてみてください。景色よりお花のほうがいいという人のために、お花も用意してきました。どちらもちょっと1カ月ほど前の写真ですけれども、こんなのを見て十分にリラックス、私の話を聞いているよりは、こういう景色のある場所に行ったつもりになってリラックスしてみたら・・できましたか? さて、皆さんの頭の中にアルファ波がいっぱいになったでしょうか。景色を眺めているということは皆さん、目を開けています。さっきお見せした脳波というのは目を閉じているときの脳波でした。

目を閉じているこの人に、ここで目を開けてもらいます。こちら側は開いているときの脳波なんです。これ、ちょっと時間を縮めていますから、ぐちゃぐちゃっとしか見えないかもしれませんけれど、このあたりアルファ波なんですね。目を閉じているときにはアルファ波がたくさん出ています。ここで目を開けました。開けた途端に私の顔か何かが見えて、リラックスできなくなったということではなく、どちらも椅子に座ったままリラックスしているはずです。でも、脳波は目を閉じているか開けているかで、これだけ違うんですね。

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じゃあ、アルファ波はリラックスの脳波って、言えないの?っていうことになりますけれども、それはともかく、アルファ波を基準にはかろうとすると、実験の間ずっと目を閉じていていただくことになります。目をずっと閉じていると、学生なんてすぐ眠くなってくるんですね。課題をいろいろ与えても、その間中、目を閉じていてもらうと、どんどん眠くなってきます。緊張していれば眠くならないんでしょうが、リラックスし過ぎると眠くなってきます。こちらは先ほどと同じ方の脳波ですが、だんだんとアルファ波が、時々出るだけになってきて、やがて出なくなってしまいます。このあたりに少し周波数が遅い脳波が見えていますけれど、これがシータ波です。先ほどの、目を開けたときほとんどアルファ波がなくなっていたところに出ていた細かい波はベータ波です。

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つまり、どういうことかといいますと、目を閉じているとき、頭の後ろにアルファ波が出てくるわけですけれども、頭の後ろは視覚野です。目からの情報を処理しているのが頭の後ろの部分です。目を閉じているということは、ここの神経細胞を休めているということなんですね。目を開けると、ここの神経細胞が使われます。目からの情報が入ってきますから、ここが働き始めます。働き始めると、アルファ波ではなくベータ波にかわってしまいます。でも、働くと小さくなる電気信号って何かおかしいと思いませんか。普通、電気信号は(細胞は全て電気を持っていますと言いました)、たとえば筋肉をたくさん動かせば大きな筋電図が出ますし、心臓もしっかりと働けば、大きくしっかりした心電図が出ます。筋でも神経でも働いているときに大きく出るのが電気的活動で、脳だって働いているときに出ないとおかしいはずなんですね。休んでいるときに大きくて、働いているときに小さくなっちゃうのっておかしいじゃないですか。

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実はこの脳波が実際にはかられたのは、今からもう85年ほど前にドイツのハンス・ベルガーという人が自作のこういう機械ではかったんですけれども、これが脳波です。この下はちょうど10ヘルツの波を示して較正信号としていますが、きれいにアルファ波が測れていますよね。これを発表しましたが、やっぱり静かに目を閉じていると大きくなるのに、暗算してもらうなど、脳をいろいろ使ってもらうと小さくなっちゃうわけですね。そんなのおかしいじゃないか、脳波の電気信号だと言いながら使うと小さくなっちゃうんじゃ、こんなのうそだよ、と。こういう自分で作った機械で測ったものですから、当初、脳波とは認めてもらえず、何かのノイズをはかっているに違いないとほとんど無視されました。その後、エイドリアンという、この方はノーベル生理学賞をもらっている人で、この人がこれは脳波だと認めて、やっと脳波だということになりました。エイドリアンは彼に敬意を払ってベルガーリズムと名づけましたが、今はあまりベルガーリズムとは言われずに脳波とかエレクトロエンセファログラム、ブレインウエーブと言われています。

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じゃあ、脳波って何なんだということですが・・。先ほどちょっといろいろな種類を示しましたように、基本的には周波数で分類されています。10ヘルツ前後、8から13ヘルツで、覚醒していて(・・寝ていてはだめです)、目を閉じているときに後頭部に大きく出るのがアルファ波、最初にベルガーが見つけてアルファと名づけたんですね。目を開けたり、いろいろなことを考えたりすると、もっと細かい波になってしまうので、これをベータと名づけました。そして、少し眠くなってくると、もっと周波数の低いシータ波になってきます。ぐっすり眠ってしまうと、もっと周波数が低く振幅の大きなデルタ波になります。つまり、脳波って休めば休むほど、脳を使わなければ使わないほど振幅が大きくなる、そういう波なんですね。

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それを少し説明しましょう。これは脳の断面図です。ここが大脳新皮質、こちら(内側)が旧皮質部分ですね。新しい脳の断面を見ますと、ごく表面の側がちょっと濃くなっています。そして中のほうが白っぽくなっています。この表面のところというのは細胞がたくさん集まっている部分(灰白質)、こちら側は線維が、要するに軸索ですね、細胞から延びた軸索が集まっていて白っぽく見える部分(白質)です。この細胞がたくさん集まっている部分を拡大したのが皆様のお手元にもあります。

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この濃い部分だけを拡大しますと、このように中に細胞がいっぱい集まっています。これが脳神経細胞なんですね。さらにその一つを拡大したのが右側で、この下から軸索の部分がずっと伸びて次の神経に行くわけで、その軸索が並んでいるところが白質ということになります。

ニューロンと言われる神経細胞は100億とも、あるいは最近どんどんどんどんふえて1,000億とも言われます。140億と言う人もいるし、品川先生は最初のころは、いや、40億ぐらいしかないんじゃないかって言われていました。数え方によって、また、大脳新皮質全体を見るか、旧皮質まで見るか、小脳まで見るかでも違ってきます。ニューロンといっても細胞の種類がいろいろありますが、情報の担い手となっているのはほとんど錐体細胞だろうといわれ、それを主に数えているかも知れません。ここに示したのが錐体細胞で、細胞体部分が三角形のような形をしているので、錐体細胞と言われます。この錐体細胞というのはこのように樹状突起と言われる枝をたくさん伸ばしていまして、ここにシナプスがたくさんついています。

この図の細胞間は隙間だらけに見えますけれども、ここをびっしりと埋めている細胞があって、それがグリア細胞です。脳というと神経細胞しか問題にされないことが多いのですが、実はグリア細胞のほうがずっと多くて、9割近くがグリア細胞であると言われています。脳神経を守っているような細胞です。軸索のところにまとわりついているのもありますし、周りから栄養を渡す役目をしているような細胞もあります。このグリア細胞が9割ぐらい、神経細胞が1割ぐらいで、全部足せば1,000億、そういう計算をしているんじゃないかという人もいますし、いや、そうではなくて、やっぱり神経細胞の数がこのぐらいある、いやもっと多いという人もいます。

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これをもうちょっと漫画的に描きますと、こういう細胞があって、細胞に枝がたくさん出ている。その内の1本が軸索として長く伸びています。これが脊髄から外へ出れば末梢神経になりますし、脳の中の場合にはこれが次の細胞へ、そしてまた次の細胞へとどんどんつながりながら情報を伝えていくわけです。次の細胞へつながるところはこういうシナプスです。ここが神経伝達物質、つまりセロトニンとかアドレナリンとかノルアドレナリンとか、そういうものが出るところですね。そしてその信号を受けた次の細胞がまた電気を伝えていきます。電気といっても、先ほど言いましたようにイオンによる電気です。

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このシナプスでのつながり、ここが非常に動的でして、動的ということはすぐに変わり得る。ここにどんどん信号が来ますと、シナプスの通りはどんどんよくなります。使っていればいるほどシナプスでの信号の通りがスムーズになります。さらに、ここの回路は重要だとなりますと、枝がどんどん増えていきます。そして、シナプスも増えていきます。先ほど、情報の担い手として一番大事と言った錐体細胞には、その樹状突起にシナプスが大体1,000個から1万個以上、一つの細胞についていると言われていますけれども、そのくらい、たくさんのシナプスが他から情報を受け取っているわけです。逆にあんまり情報が来ないとすぐにシナプスは消えて、なくなってしまいます。これだけの大きさの脳の中ですべてのことをやっているわけですから、余分なエネルギーは使いたくないわけで、あんまり使わないものはどんどんなくしていきます。

実際、神経の回路というものがどうなっているか。また漫画で描いたほうがわかりやすいので、こんな図を。一つの神経からこの電気が出て、これは活動電位といいますけど、この電気が伝わっていきます。そしてここで、それぞれのところにシナプスでくっついて次の神経を活動させます。・・というふうに、次から次へと情報を伝えていきます。例えばこれが計算の回路で、1足す1は2という答えを出すのに、作り上げた回路かもしれません。小さいころから一生懸命やることによって作り上げた回路でしょうが、これが非常に重要な回路であれば、信号がしょっちゅう来ますから、どんどん枝が増えていきます。重要でなければ、なくなってしまうわけですが、重要な回路であれば次々に信号が来ることによって、この伝わり方は速くなり、そしてまた枝もさらに増えていきます。あるとき、これが増えてこちらの細胞に例えばつながったとします。そうすると、こちらからこちらの細胞へとつながって、1足す1は2ができていたのが、この二つの細胞でもうできちゃうということになるじゃないですか。すると、こちら側はもう要らなくなっちゃうんですね。こういう回路で今度は同じ仕事ができることになります。つまり、いつも使っているところはどんどん速く、正確に物事ができるようになります。信号があっちへ行ったり、こっちへ来たりしていると、間違いも生じますが、短い回路でできれば正確に速くできるようになるわけです。

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つまり、私たちは生まれるときにたくさんの神経細胞を親からもらって誕生します。その後、外と情報交換をしながら、いらない細胞を整理しながら、どんどんいい回路をつくり上げていく。コンピューターだったら最初に設計図があり、無駄はしたくないでしょうからその設計図どおりきちっと配線していくわけです。でも、人間はそういうふうにいかないので、とりあえず細胞をたくさん用意しておくんです。そして枝をどんどん伸ばしていって、どこかにつながる。とにかく適当につながってみて、その回路が有効であれば、そこには何回も電気が流れます。電気が流れれば栄養が行く。栄養が行けば、そこがどんどん強化されていきます。強化された回路ができる一方、要らなくなった回路も必ず出てくるわけです。自分の専門がはっきり決まってくれば、それ以外の場所は要らなくなってきます。そういうところは、むしろ捨てていったほうが効率がいいわけですね。ですから、やっぱり細胞は減っていきます。

これは先ほど言った構造を見る方のMRI画像で、30代の男性の輪切りの脳です。こちらはちょっと解像度が悪く、見にくいかもしれませんが、70代の男性です。わかりますか、違いが。ちょっとわかりにくいかもしれませんけど、こういう空間部分、この黒っぽいところが空間部分ですけど、空間部分がちょっと大きいですよね、こっちのほうが。別にこの方、ぼけているわけじゃありません。名誉教授で、ちゃんといまだに研究活動をされている方です。でもやっぱり、空間が少し増えています。

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皆さん、普通に生活していても、年を取ればこのぐらいは減ってきているということで、計算してみましょうか。神経細胞100億として(少ないかもしれませんが)、20歳から減り始めたとして80歳までの間に、こういう写真を見るとどうやら量として2割ぐらいは減っている。それは仕方がないんですね。2割減っているとすると20億ですから、20億を60年掛ける365日で割ってやると10の5乗ぐらい、やっぱり確かに一日に10万個減ることになっちゃうんですね、計算してみれば。もし1,000億だったら、これは100万個ということになります。減り過ぎるのはまずいので、あんまり減らさないように一生懸命使わなければいけませんけれども、ある意味、減っていくのは整理している過程なんですね。やはり整理していかなければ、ごちゃごちゃになってしまう。

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生まれたての子供は真っ白だなんて言われますけれども、脳細胞は非常にたくさん持っていますが、あんまり枝が伸びていないんですね。外界と交流しながら、外からいろいろ情報を取り入れることによってどんどん枝を伸ばし、自分なりの回路を作っていきます。自分の回路を作りながら必要なかったところを落としていきます。そして、その人なりのいい回路を作り上げている。どんな回路を作り上げるか、それはもう自己責任です。自分が取り入れた情報に対してどう反応するか、自分が反応したことに対して相手がどんなふうにしてくれるか、そういうやりとりの中で自分なりの回路を作り、要らなくなったものを捨てていきますから、ある定度減っていくのは当然なんですね。減っていっても大丈夫なんです。

ただ、減るけれども、重さは子供のときより増えているのは、枝は伸びているからです・・細胞はなくなっても。・・基本的には脳神経細胞は増えない。最近、海馬のあたりでは少し増えているというのもありますけれども、・・皮膚などの細胞はけがしたらすぐに増殖して皮膚をまた覆ってくれますけれども、神経細胞は勝手に増殖することはありません、ほとんど。増えたらせっかく自分で作った回路がごちゃごちゃになっちゃうわけですから、増えないんですね。逆にどんどんどんどん要らない細胞は捨てていきます。

こういうふうに次々といろいろなところに枝を伸ばしてつながりあっているわけで、ここに電気のスイッチのようなものがあるわけじゃないんです。いろいろなところへ勝手につながり合っています。つながり合っていながら、今、働くのはこちらの回路、そっちはちょっとの間、あまり働かず休んでてなど、いろいろな方法で、そのときしっかり働く回路をうまく制御しています。この制御すること、つまり脳は非常に活動したがり屋なので、自分で、働かせたいところだけをうまく働かせ、働き過ぎないように制御する過程が、非常に大事なんですね。ここのシナプスのところでいろいろな制御が行われています。

先ほど、アルファ波は何も使っていないときに大きく出る、とお話しました。実は脳波はこの細胞の中の活動電位よりも、シナプスにおける電位の総和を見ているんだろうと言われております。さっき言いましたように脳を使っていないと、すぐにシナプスは脱落し、細胞もなくなってしまうわけですね。これはかなり動的で、例えば今、一生懸命、私の話を聞いてくださっているだけでも多少シナプスのところは変化していきます。もう1時間でも、だめになるものはだめになったりして、どんどん変化しています。

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ちょっと目を閉じて使わないだけでその細胞がなくなってしまったら、目あけたら何も見えないことになってしまいます。それでは困るので、ちょっと休めているときに完全に停止にはならないように何か脳の奥のほうから信号が来ていて、活動には至らないようなシナプス電位を放出しているということが言われています。次に信号が来たときに、すぐに働けるように準備している。

神経細胞1個につき、1,000個から1万個のシナプスがあると言いましたが、神経細胞100万とか1,000万個分のシナプスが一斉に同じ時期に中心のほうからの信号に合わせてシナプスの電位を出す。活動には至らないようなシナプス電位が合算されたものを外側から見ているのがアルファ波だろうと言われておりまして、実際に脳を使い始めると、活動電位がそれぞれの細胞で出されるわけですから、そういう同期から外れてばらばらになってしまい、外からはそれがベータ波となって観察されるというわけです。同期したシナプス電位の総和を見ている状態がアルファ波、非同期化した状態がベータ波であろうということに一応、今のところはなっています。

いずれにしましても、とにかく細胞はそれぞれがつながっていますから、何でもかんでも働こうとすると、つまり抑制が効かなくなると、全部がわあっと働いてしまいます。てんかん発作なり何なり発作のようなものになってしまうわけです。そうならないように、抑制をうまくかける、これがむしろ脳として非常に重要な機能でして、脳を1%じゃなくってもっと働かせろ、働かせろっていいますけれども、全部が一斉に働いたら発作になってしまうわけですよ。必要なところだけを働かせて、他をうまく休める、そういう制御ができないと、しっかりとした思考に結びつかないわけです。

「制御することが非常に大事というけれど、そもそも現代人は、左ばかりで右脳をあまり使ってないんじゃない? やっぱりもっと使った方がいいんじゃない?」とも聞きます。確かに左脳は言語野ですから、左に偏った生活をしているかもしれません。でも、もし本当に何も使っていなかったら、先ほどお話したように使っていないところはすぐ細胞がなくなっちゃうわけですね。無駄なものは置いておかない。人間の体って、ちょっとの間、ベッドで寝たきりになっていたら足がすぐ弱ってしまうように、使わないものはすぐに減らされてしまうんですね。無駄にエネルギーを使わないように。ですから本当に全く使っていなかったら、あるいは最初に言ったように脳の1%しか使っていなかったら、使っていない細胞はなくなっているはずでして、今あるということは絶対に使っているんですね。どういうふうに使っているのか、使い方が問題なのです。

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またちょっとお遊びしてみたいんですけれども、ちょっとこれを見てください。では、次のを見てください。さて、わかりましたか。最初の顔と後の顔とどっちがにこやかな顔でしたか? もう一度、これが2番目の顔、こちら側が1番目の顔です。最初の顔のほうがにこやかに見えたという方、どのぐらいですか。最初のほうがちょっと多いですね。これ、おわかりのように、ただ単に左右対称、左右入れ替えただけなんですね。でも、最初の顔(下図の左側)の方がにこやかに見えたという人の方が多かったんですけど、・・つまり、私たちは図を見るとき、その左側の情報で判断しやすいということなんです。

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ここでの実験では、斜めから、また遠くから見ることになり、両眼視野になってしまいますので、ちゃんとした実験にならず、ちょっとわかりにくいんですが、本来はもう少し近く、そして正面から、瞬間的に提示します。すると、左視野のものは右脳へ、右視野のものは左脳へ入ります。長く提示していると、目を動かしてしまいますから、瞬間です。左目、右目ではなくて左の目でも右の目でもそれぞれ左視野、右視野があり、左視野は右脳へ、右視野は左脳です。ここには脳梁切断と書いてありますけど、ここの情報の行き来がないともっとはっきりしますけど、皆さんは左右の情報の行き来もありますし、今言ったように、完全に左視野、右視野、分けられていないので、きちんとした実験にはならないんですけれども、それでも、絵の左側の情報、つまり右脳に入った情報で判断された方が多かった、ということですね。図などパターン認識は右脳の機能といわれています。だから相手の顔もぱっと近くで見た場合には左視野で、その人の左側の顔のほうがより印象に残るということがあるかもしれません。

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左脳は言語野が大きな場所を占めています。ほとんどの方が左に言語野があり、言語にまつわる論理的な処理をしている脳だと言われています。右側というのはイメージとか音楽的なものとか、そういうものを扱う脳だと言われていますよね。ですから、図形のようなものは右に入ったもので判断しやすいし、文字情報は左のほうで判断しやすい、というのをもうちょっとアレンジしますと、例えばこういうポスターとこういうポスターがあったときにどっちのほうが見やすいか、これも書き方にもよるんですけれども、やっぱり何となくこっちのほうが落ちつくかなって、左側に絵があって右側に字があるほうがぱっと見たときですけれども、何か落ちつくような感じがありますね。左と右の使い分けをそんなにはっきりやっているわけではないよという話もありますけれども、やはり左は言語的な情報、右がこういうイメージを扱うということを、こんな簡単な実験でも多少実感することができます。

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確かに左と右と、ある程度機能は分かれています。

実際に実験で暗算をしていただいたときの脳波をお見せいたします。これは、今度はベータ波のマップです。先ほど最初のころお見せしたのは、アルファ波のマップでした。10ヘルツぐらいのリラックスしたときのアルファ波と活動しているときのベータ波、それぞれの波ごとに、つまり周波数ごとにこういうマップをつくることができます。ですから同じように見えるかもしれませんけど、こちらはベータ波で、使っている場所を示しています。アルファ波はリラックスの(目を閉じているときですが)脳波ですから、どちらかというと使っていない場所を示しています。

さて、一般の方が暗算しているときのベータ波を調べますと、後頭部も多く使っていますが、左寄りのこのあたりも多く使われていますね。一方、珠算の有段者、そろばん10段などの方々を測ってみますと、・・これはそろばん使っているときではなくて暗算をしてるときですが、実はこういう脳波になりました。これは20年近く前に実験したときに、えっ、おかしいな、暗算やっているのに右?ということで、テレビなども多く来ました。右後頭を多く使っているという以上にこの言語野のあたりをあんまり使っていないんですね、イメージだけで何かやっている。やっている子供たちに聞きますと、計算しているときにはそろばんの玉が浮かんで、動いているだけです、と。イメージだけで計算できてしまっているわけです。

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そろばんの後には、羽生さんなど、プロの棋士たちも大勢測りました。羽生さんのデータをお見せますと・・、これは詰め将棋を考えていただいたときのものですが、安静で何もしてないときはほぼベータ波も左右対称です。一生懸命、詰め将棋を・・20数手の詰め将棋でしたが、考えていただいたときは、やはりそろばんの子たちと同じように右なんですね、左を余り使っていません。でも測っているうちに途中で一度、そして最後にもまた、左に出てきたので、終わってからどういうふうにやりましたかって聞きましたら、途中でちょっと手を間違えたな、と思って少し戻ってやり直しました。最後に答えが出たところで、本当にそれでいいか、他に手はないかと検証しましたとおっしゃるんです。やはりそのようなときには左を使っているんです。

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つまり、左というのは言語野ですから、暗算も論理的に左で計算しているとも言えますけれども、むしろ言葉をかなり使って計算している結果が脳波に出ているんじゃないかなと思います。計算のとき、100引く7はえーと…という感じで、一般の方ですと言語化しながらやっています。数字なり何なりのイメージは確かに浮かんでいるので、一般の人でも右後頭部にもベータ波が出てくるんですけれども、でも、イメージというのは何も訓練していない人ではすぐに消えていってしまいます。ですから、それを言語化して確認しながら思考を進めていきます。でも、ある程度、訓練ができた人の場合には、将棋だったら将棋の、そろばんだったらそろばんのイメージだけで、言語を使わず思考を進めることができるんですね。2日間でやるような将棋の場面を、あのときの対局を思い出してくださいって言うと、本当に2、3秒ぐらいで全部ばあっと思い出してしまいます。脳波の解析には30秒くらい欲しいのに、えっ、もう終わったんですかっていうぐらいに速く全部の手をさあっと思い起こすことができます。イメージでの処理は非常に速いんですね。一般の人もイメージは浮かんでいるんですけれども、すぐ消えてしまいますから計算でもいちいち、左で確認をとりながら思考を進めていきます。ですから、神経回路をあっちへ行ったり、こっちへ行ったり、信号が左右あるいは前後、いろんな場所を回りながら一つの思考を進めていきます。何かができる人のほうが脳をいっぱい使っているような言い方がよくされますけど、逆じゃないかなと思いますね。できない人のほうがああだこうだ、ああだこうだと・・計算してもらっても、あ、間違えた、ああ、こうだ、あ、また違ったって思いながら時間をかけて一生懸命やるということは、実は脳をあっちこっち使っているんですね。

要するに日常的には、私たちは言語的に、つまり左脳を多く使っていろいろ考えています。でも、右を使っていないわけではなく、必ずイメージなりなんなり、いろいろな形で右も使っています。しかし、右というのは人には伝えられないんですね。うーん何か浮かぶんだけど、あるいは何か感じるんだけど・・ということは人に直接は伝えられずに、言語化できたときに初めて人に伝えることができます。何であってもとにかく言語化しないと「意識的」活動とみなされません。人間は言葉を得て人間になったということは、ある意味、左脳的な思考のときに初めて意識されたとみなされる傾向があります。それだけではないんですけれども、右だけでどう考えていても、右はどうしてもそのままを相手に伝えることはできませんから、脳血栓なり何なりで左をやられてしまった人など、自分の思いをきちっと相手に伝えられないだけで、もう何にもできない人のように思われてしまうこともあります。人における意識的な作業というのは確かに左が担っていると言うことができそうです。

ですから、はっきりとしたこういうパターンは出てこないんですけれども、一つのことに秀でてくると、そこの部分だけを使ってほかを休める、必要のないところは使わない。先ほど抑制が非常に大事だと言いましたけれども、雑念だらけで、ああだこうだというときには余り思考がしっかりと進まないんですが、必要なことをぱっと、・・集中というのはそれですよね、必要なところだけを使って、ほかのところを休めることができる脳になると、集中度も増すし、思考も非常に速い、いい思考ができるのではないかというのがこういうことでわかってきます。

そこで、意識というものをちょっと考えてみましょう。意識、無意識を今、お話したことからいくと、左脳が意識の脳、右脳を無意識の脳という言い方ができます。

そして、さらにこの新皮質と旧皮質を考えてみますと、人間において非常に新皮質が大きく発達したわけですね。動物的な脳、この旧皮質の部分、中のほうの部分というのは本能的な脳とも言われますから、こちらのほうは無意識の脳ということができます。左、右に限らず、やっぱり右だって考えているんだ、ということでは右も含めて新皮質部分を意識の脳と考えることもできるわけです。考え方はいろいろあると思いますが、やっぱり動物的な、旧皮質部分の脳は無意識の脳と考えられるでしょう。

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そしてまた、こちらはちょっとわかりにくいかもしれませんけれども、情報の入力直後というのは無意識だというのはどういうことかといいますと、先ほどのこの機能局在の図でご説明します。この斜線の部分というのは第一次の感覚野と言われる部分で、外からの情報がまず入ってくる場所です。ここが先ほど話題にした視覚野、目からの情報が真っ先に入ってくる場所、耳からの情報が真っ先に入ってくる場所がこちら、そして、こちらは体性感覚、それぞれの足とか手とかから痛覚、触覚、温度感覚など、いろいろ入ってくる場所がこの体性感覚野です。

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こういう場所に信号が入ってきたら、すぐわかるのか? 説明しやすい視覚で考えますと、ここに信号が入ってきたら私たちは見えているのかという問題です。最初に外からの情報はまず網膜に映ります。網膜に映ったら見えているのか、でも、網膜は二次元情報ですよね、全くの。三次元的に見えてない。そういう処理をしているのは脳のはずです。では、網膜からここに信号が入ってきたらすぐ見えるのか。実は最初のこの第一次の感覚野というところはほとんど輪郭を処理していると言われています。その後、信号は次々、神経回路を受け渡していって、次に面を処理し、さらに奥行きがわかります。奥行きの後に色とか形とか、そして昔の自分の記憶に合わせて、ああ、これはコップだなとか、青い皿だとかということを理解するわけですね。また、上側の回路の方向では動きを見ていきます。これはどう動いているか、自分のほうに近づいてくるか、動きを処理するのがこちらの回路だと言われています。そんな風に順次処理していきます。ですから第1次視覚野に映ったときにはまだ輪郭ぐらいしかわかっていないわけで、物が、それが花であるのか、赤いバラだとわかるのは一体、脳のどこでわかっているのか、非常に難しい問題なんですね。脳って完全分業しています。入ってきたものをばらばらに処理して、最終的に合わせているんですね。一つの感覚処理だけではなく、全情報を。

たとえば聴覚、私が今しゃべっている声を聞きながら私の手の動きを見ている。私のこの手をたたく。音が聞こえますね、手が合わさったのも見ています。見ているのはこちらの視覚野、音を処理をしているのはこの辺の聴覚野です。全く別の場所で処理をしているのにこれが同時だと思う。それぞれ幾つかの細胞を渡り歩いて処理し、処理する細胞の数は違うんですから、同時かどうか全くわからないんですね。でも、処理の結果に過去の経験も加味して、同時の事象だと脳のどこかで判断しています。

脳波で、その処理の順を追って検討できる方法があります。先ほどお示しした自発的にずっと現れる脳波に対して、誘発脳波といいます。例えば赤いランプと青いランプをランダムにつけながら、赤いランプが灯ったらボタンを押してくださいという課題をつくっておきます。赤いランプがともってからボタンを押すまでの時間というのは反応速度ですね。500ミリ秒ぐらいあります。危ないと思ってからブレーキを踏むまでの時間も同じですね。それは要するに何かを見て、危ないと思って、そして足に指令を出して、最終的に足が実際に動いて、ブレーキ踏む、つまり指令の電気活動が足まで伝わる時間が500ミリ秒ぐらいということです。そのとき、脳波を見てみますと、その前の300ミリ秒ぐらいのときに、これは青だ、あっ、今度は赤だ、赤だったらボタンを押せと言われている、じゃ、ボタンを押さなきゃ、と思ったときの信号が出てきます。それは実際に押すよりもちょっと前の300ミリ秒ぐらいのときです。ということは、赤いランプが灯ってから300ミリ秒ぐらいたって認識したということで、それよりも前のあたりでは、本人は見えたという認識はできていないということになります。見えるまでそれだけの時間がかかっていたということは、さっきお話ししたように、入力されたらすぐに私たちはわかっているかというと、それから何か処理をして、わかるまでに時間がかかっているということですね。つまり、外からの情報の入力直後は、大脳新皮質部分であってもまだ無意識、その後処理されて始めて意識に上る、ということになります。

要するに何かを認識する、意識するというのは感覚野にまず情報が入って、何であるか信号処理する、過去の情報と合わせそれが何か理解をする。理解をするには人間の場合、ほとんど言語的な理解が多いと言いましたけど、・・論理的な理解ですね、でも、それだけで本当にわかるかっていうと、やっぱりわかった、納得した、すとんと腹に落ちたというようなときには、さらに何かイメージ化が自分なりにできた、視覚イメージとは限りませんけれども、自分なりの、あるいは生まれてから培ってきた回路の中にうまく当てはまったような瞬間に、あっ、そうかという瞬間があるはずです。そこまで行かないとわかるに至らない。試験で、一生懸命徹夜で勉強して言語的に覚えておいたものは、翌日には何とか出せるかもしれませんけれども、それはその後、忘れてしまいます。でも、本当に納得して、あっ、わかったというものは試験が終わった後でもちゃんと覚えている、わかっているはずです。

このわかるというのは一体どういうことか。要するに体で覚えるとか、いろいろ言いますけど、自分なりに納得するというのは、ただ左だけで解釈したものではなくて、もう一度、右脳なりなんなり、自分のイメージの中に入れ込んだときのはずなんですね。これはある意味、意識的なものの無意識化の過程のようなところがあります。右はほとんど無意識の脳だと言いましたけれども、左だけで一生懸命計算しているときには本当にわかっているとは言えないんですが、何回も何回も練習をして繰り返したことはかなり右でできるようになる。この過程というのは記憶に焼きつけ、無意識化していく段階だと言うことができます。

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そこで、記憶というものをちょっと考えてみますと、記憶には大きく分けて、長期記憶と短期記憶があります。この超短期記憶というのは、あっという間に忘れてしまうような、家を出たとき、あれ、電気消したかな、鍵かけたはずだけど、というような記憶です。それからもうちょっと長い短期記憶ですね。7桁から10桁ぐらいの数だったら電話番号などぱっと言われたとき、その時すぐは言い返せるぐらいの記憶です。

それから、もっと長い長期記憶の中には、・・今日は記憶の話は詳しくはやりませんけれども、陳述記憶というのと非陳述記憶と言われるものがあります。非陳述記憶の手続記憶と言われるのは体で覚えるような記憶。これは小さいころに自転車に乗れるようになれば、ずっと乗らなくても大きくなってもやっぱり乗れているというような、あるいは歩行なんかだってそうですよね。赤ちゃんのときはなかなか歩けなくても大人になって、ある程度歩けるようになったら、ああ、左足を出さなきゃ、次は右足だなんて考えながら歩きません。もう自動的に体が覚えていますから普通に何にも考えずに歩ける。そういうような記憶。要するに無意識の領域で、潜在記憶といえます。

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もうちょっとこれを発達の段階をたどって考えていきますと、手続記憶というのが一番深い段階、要するに動物的なものでも持っている深いところの記憶です。それからプライミング記憶というのは気づかずにその後の思考を引きずりこんでしまうような記憶で、いつも見なれている単語だと、そこの文字が一文字欠けていたり、違う字が入っていても気がつかずにそのまま読んでしまうような、そんな記憶をいいます。

それから意味記憶というのは物の名前などですね。いす、机などそれほど考えなくても出てくる物の名前の記憶です。

そして、先ほど言ったような短期記憶。さらにエピソード記憶と言われる物語的に覚えている記憶、人間の場合には一つ一つの単語的な記憶よりは、エピソード記憶のように物語的な形のほうが覚えられると言われますね。この上側が顕在的な記憶で、下が潜在的な記憶です。こういう深いところの記憶は小さいときに神経の回路の中に焼きつけられているもので、なかなか消えないわけですが、それだけではなく、大人になってからでも何回も何回も繰り返したことは、ある程度この下のほうの記憶になっていきます。繰り返すということは記憶の潜在化ということで、無意識的にできるようになるということでもあります。

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ですから何かやっていることがしっかりと身につくという過程を考えますと、身につくまでに、まずは左で考えることが多いのですが、繰り返すことでやがて右のイメージとして焼きつく。さらにはこういう深いところに落とし込む。この過程が、一生懸命やって自分の体で覚えこむ過程であるということが言えます。大人になっても、何回も繰り返しさえすればできます。小さいときには神経はまだまだ可塑性に富んでいますから、自転車でも何でも覚えるのが早い、とはいえ、一生懸命繰り返すからできるようになるわけで、神経細胞に覚えこませるのに王道はないんですね。繰り返し、繰り返し、脳にたたき込むのみです。

さて、心と体の健康ということでお話ししてきましたが、とにかく脳はしっかり使わないと。アルファ波という名前が知れ渡りすぎて、アルファ波、アルファ波ともてはやされているんですけれど、アルファ波は脳がちょっと休んでいる状態。脳は本来活動したがり屋です。でも、活動し過ぎないように上手な抑制というのが必要になります。ですから脳は1%しか使っていないのではなくて、・・使っているからこそちゃんと私たちの脳はあるわけで・・瞬間、瞬間で見れば、使う細胞が厳選されている方がいい回路のわけですね。あっちもこっちも使っている状態っていうのは、ごっちゃごっちゃで何だかわけのわからなくなっている状態です。だからこそ抑制が大事なんですけど、しかし、抑制し過ぎは危険です。

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アルファ波というのは抑制されているところに出てくる脳波だと言いました。世間一般では、アルファ波信仰みたいなものが大きくて、アルファ波がたくさん出る方がいいと信じられています。アルファ波が出る方がいいとアルファ波だけを追い求めるのは、脳を使わないことを奨励するようなものです。ある程度はもちろん、リラックスしてゆったりした状態でやることも重要ですから、アルファ波が出ている状態がいいでしょうが、それだけを追い求めるというのはやはり危ない。ですから、あんまりアルファ波、アルファ波と言う人には、じゃ、ぼけちゃいなさい。ぼけたらアルファ波、ちゃんと出てきますよと言うんです。脳を使っていなければ出てくるわけですから。

効率のよい、すぐれたいい回路をつくる過程が、生まれてから私たちが一生懸命やっている過程です。生まれてから何もしなければ、回路というのはできません。外との交流によって、・・一方的に外から刺激しても、自分から何かしよういう外への働きかけがないとだめですね。やりとりがあって初めてできてくるのが回路で、その過程というのは、とにかく必要がない細胞を整理していく過程です。脳は非常に可塑的で今、瞬間、瞬間でも脳は変わっています。こういうことを一生懸命聞いて感心してくだされば、それだけで脳が変わってくるということです。最初に「3歳過ぎたら遅いの?」って言いましたけれども、90になろうと100になろうと脳というのは変化し続けます。その変化の方向が、だめになっていくほうの変化もあるかもしれませんが、一生懸命、自分のやるべきこと、やりたいこと・・この「やりたい」が非常に大事なんですけれど、意欲ですね・・、何にでも興味を持っている方は大丈夫です。一つのことだけに必死になっている方は、それが終わってしまったとき、危ないですよね。よく会社人間でものすごくやっていた方が定年になった途端に何にもやることがなくなり、ぼけてしまうってことがありますが、やっぱりいろんなことに興味を持つ、これは前頭葉の働きですけれども、あれにもこれにも手を出すような人のほうがぼけないと言われています。ですから、かなりのお年の方もここには多いかも知れませんが、いろいろなことに興味を持って一生懸命にやれば大丈夫です、まだまだがんばってください、というエールをお送りして、おしまいにさせていただきたいと思います。

最後にちょっと宣伝をさせてください。 私たち、こういう学会もやっております。「国際生命情報科学会」といいまして、・・国際がついているので一応国際誌として英語を入れた学術誌を出しております。年に2回シンポジウムをやっておりますが、今度、8月の23-26日は山梨の北杜市、増富温泉というラジウム温泉のあるところで合宿の形でやろうとしております。講演には安保先生などにも来ていただく予定でおります。春の大会は今年から東邦大学の医学部で行っております。来年は3月14、15日で、ある程度、学術的な発表をメインにやろうとしております。ご興味がある方は「ISLIS」とネットで検索していただくと、こういう情報全部出ておりますのでよろしくお願いいたします。

それからもう一つ、・・いろんな学会に関わっているんですけれども・・、人体科学会というのもまた合宿をやろうとしておりまして、ISLISの次の週の8月30、31日にこちらは菅平でやることになっております。これは気功や読書会などいろいろなことをやりながら、みんなで交流しようという合宿です。それから公開講演会は9月27日、年次大会は京都大学で行うことになっておりますので、こちらもご興味があれば、いらっしゃっていただければと思います。

私自身は実はこういう脳の講座を月に1回ずつやっております。皆様の専門学校から割と近いと思います。地下鉄春日駅からすぐのところにセミナールームがありまして、そこをお借りして毎月第3月曜日、2時半から2時間の講座をやっておりますので、もし脳にご興味のある方はいらっしゃっていただければ、時に脳波の実験なども(脳波計、持ち運べますから)行いながら、いろいろなお話をしております。

その他にも催眠、キネシオテーピングなどいろいろな学会に所属しておりますが、あとはただスライドでの紹介にとどめます。

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長い間、本当にどうもきょうはありがとうございました。

(拍 手)

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